ずっと好きだったんだぜ


高校生の頃、私には憧れの君がいました。
その彼はいくちゃんといって、同級の別のクラスだったけれど、ともかく、少女コミックに出てくるような人気者でした。下級生から同級生に至るまで、いくちゃんを観るために少女たちが遠目に群がるような…。
といっても、いくちゃんは素敵だったけれど、超ど級のハンサムとかではなかったし、身長180センチのスポーツマンというのでもありませんでした。ただ、いくちゃんはセクシーだったのです。なにより、その流し目に相当な威力がありました。
もちろん、いくちゃんは意識してそうやっているのではなく、自然体で女の子たちを惹きつけるオーラのようなものを持ち合わせた男の子だったのです。
私がそのいくちゃんを気にし始めたのは、そのアイドル的要素に惹かれたわけではなく、廊下や校庭ですれ違うたびに、いくちゃんが、かの流し目で、私を見るからでした。しかも、微笑みを浮かべて。
男の子たち連れの時は、互いにつつき合ったりして、どうも、私のことを話しているようでもありました。
【恥ずかしながら、十代の頃…】
そんなことをされれば、十代の少女です。気にならないはずはないはありません。しかも、相手は学校一の人気者なのです。
いつしか、私はいくちゃんに憧れるようになりました。そうなると、とどまるすべを知らないのが青春です。
いくちゃんのクラスはとても仲が良くて、その中に、わたしの親友、くーちゃんがいました。実は、くーちゃんも長く片思い中で、その相手はいくちゃんの友人、ケンちゃんでした。いくちゃんとケンちゃんはいつも連れ立っていて、とても仲が良かったのです。
私はよく、くーちゃんから、ケンちゃんの話を聞かされました。ケンちゃんがどんなに素敵かと…。くーちゃんは、人気者のいくちゃんには興味がなくて、ケンちゃん一筋でした。
でも、私たちは告白する勇気なんか持ち合わせていなかったので、長く片思いのままでした。
そんな中、いくちゃんはある女の子と付き合い始めました。その子は私とは、友達の友達といった距離の同級生で、キーコと呼ばれていたキュートな女の子でした。
なんと、あのいくちゃんは、キーコに片思いをしていたようなのです。あの頃、課目によっては、教室を移動して授業を受けていましたから、ある時、いくちゃんたちは、キーコの教室で授業を受けたようです。そして、別の教科の授業からキーコたちが帰ってくると、黒板にあることが書かれてありました。
白墨で書かれた授業の書き込みの横に矢印があって、別人の字で「△△さんへ、これは、いくの字です」と書いてあったのです。そう、いくちゃんの友人である男の子たちが恋を取り持ったのか、からかったのか。△△さんというのはキーコの苗字でした。
その噂は、クラスを越えて女の子たちの間を一瞬で駆け巡ったのです。
「いくちゃんが好きなのは、キーコだった!!!」と。いくちゃんとキーコが付き合うのに時間はかかりませんでした。いくちゃんを好きだった女の子たちは全員失恋したのです。
でも、そのキーコとはそう長くなかったようでした。どちらがどうしたのか、いや、長くなかったというのは噂にすぎないのか、今では確かめるすべはありません。
卒業も間近になって、私はけじめをつけることにしました。その頃、私は、実のところ、わりとモテてました。美人ではないし、性格もあまり感心した方ではなかったのに、なぜなのか、今となっては、それも謎です。でも、いくちゃんへの思いは、ずっとあったのです。だからこそ、けじめをつけるべきだと思いました。
それで、いくちゃんに告白したのです。「もう諦めたから気にしてくれんでええけど、ずっと好きやったんよ」と。
いくちゃんは、うんうんうなずいて聞いてくれました。心はどうあれ、優しい人だったのです。
これで、けじめはついた。新たな気持ちで生きようと決心した翌日、いくちゃんの友人、ケンちゃんから電話がかかってきました。「ちょっと、話したいことがある」と。
「何だろう?」と思って、私は呼び出された場所まで出向きました。
「いくに、告白したんだって?」と、ケンちゃんがききました。
「うん」と、私は答えました。
「まだ、いくが好きなん?」と、ケンちゃん。
「うん、ずっと好きやったけど、もう気は済んだ」と、私は答えたと思います。それは、ケンちゃんには、ほんとはまだ好きだ…といったように聞こえたかもしれません。
「☆☆さん…」と、ケンちゃんは、その頃の私の苗字を呼びました。
「☆☆さんをずっと好きだったのは……いくじゃなくて、僕だ」と、ケンちゃんはいいました。
すれ違うたびに、いくちゃんが私を見ていたのは、ケンちゃんの好きな女の子だったからなのです。
おそらく、いくちゃんグループの男の子たちは、誰がどの女の子を好きなのか知っていたのでしょう。だから、キーコの教室にも「いくの字です」と書いて、二人の仲を取り持った(面白がったともいえるけど)男の子がいたのです。だからこそ、私がいくちゃんに告白してすぐ、いくちゃんはケンちゃんに事の次第を話したのでしょう。
その瞬間、私にもよみがえったことがありました。親友のくーちゃんとの会話でした。
くーちゃんもまた、長い片思いのあげく、ケンちゃんに告白したと、私に告げたことを思い出しました。その時、くーちゃんは「ケンちゃんには、好きな人がいるって断られた」といいました。
(…で、では、その好きな人って、まさか、わたし!?)
脳裏に、親友のくーちゃんの寂しそうな顔が浮かびました。
私は、決して、ケンちゃんを嫌いではありませんでした。まだ恋ではなかったにしても。でも、親友の思う相手では、どうしようもありません。なんとも、皮肉な巡り合わせです。
結局、私たちは、誰も思いを成就することなく、高校を卒業しました。
今思えば、これこそが青春なんですね。
和義さんの歌、「ずっと好きだった」で思い出した、ほろ苦い……でも、甘酸っぱくもある青春の思い出です。