『おばけずき』巨匠、怪異と戯れる。

おばけずき 鏡花怪異小品集 (平凡社ライブラリー) おばけずき 鏡花怪異小品集 (平凡社ライブラリー)
泉鏡花の掌編、随筆集です。
鏡花の魅力は、流れるような文体と表現力、そして比喩の巧みさ、描かれる世界の深さと広がり……と、数え上げるとキリがないのですが、ともかく、なんといっても、編纂の東雅夫さんの手にかかると、今はめったに使わない漢字、熟語にわかりやすいルビが入って、それはむろん読みやすいだけでもお宝なのですが、それ以上に、時代の息吹を直に感じることができて、色や匂い、肌触りまで伝わってくるような一冊になることです。
収録された怪談掌編もむろん面白いのですが、当時の作家の生活が垣間見える随筆がまた面白いのです。
関東大震災の被災体験を描いた随筆は、現代人にとっても他人事とはいえず、思わず引きこまれます。
かといって、鏡花の視野は、その緊迫した情景をそのものを映し出すだけでないのです。人間には神の仕業としか思えない天変地異から始まり、はては鼬や鼠といった生き物の存在までを鮮やかに切り取り、さらに人間というものの内面の深い闇、だからこそ輝く一瞬の虹のような真心の色彩までも、さらりと垣間見せるその手際の鮮やかさ。
いやもう、鏡花先生の世界に耽溺したくなること請け合いです。
名作短編集の聞こえ高い『鏡花短編集』(川村二郎編)と重なっているのは、『おばけずき』収録作品中、「雛がたり」のみというのも嬉しい。両方手に入れて、鏡花に耽溺しまくりたいです。
そういえば、川村二郎さんというのは、私が芸術選奨新人賞を受けた折に7人の審査委員の1人だった方。後に聞いたところによると、私の作品を推してくださったのは、大庭みな子さん、鷹羽狩行さん、竹西寛子さん、鳥越信さんといった先生方。川村二郎先生は対抗馬だった芥川賞作家さんを推されていたそうですが、最近、歳のせいか、推してくれなかった審査委員さんまで懐かしかったりします。

それはそうと、これまでに読んだ様々な復刻作品集の中では、私個人は、東先生編纂の本(それはそれは、沢山あります)が、一番のお気に入りです。
なぜかというと、原作の格調高さはそのままに、私のような初心者にも、当時の作家の深さ面白さがそのまま伝わってくるよう、あらゆる心配りが行き届いているからです。

怪談実話系7 (MF文庫ダ・ヴィンチ)

怪談実話系7 (MF文庫ダ・ヴィンチ)

ベテランから注目のホープまで豪華執筆陣10名による「怪談実話系」競作集。大人気シリーズ第7弾。日本ホラー小説大賞受賞作家・恒川光太郎と、「エンタメ・ノンフィクション」を提唱し世界の辺境地帯をみずから踏破する高野秀行、第4回ダ・ヴィンチ文学賞で大賞を受賞の朱野帰子がシリーズ初登場。岩井志麻子、黒 史郎、安曇潤平、勝山海百合、松村進吉、伊藤三巳華(マンガ作品)、黒木あるじ。amazon内容紹介)

実話系のご紹介が遅くなったのは、正直、私は夜には怪談が読めないからです。
実話系となればむろんのこと。夜に寝られなくなったり、トイレに行けなくなったりしたら困る。
しかし、この本は怖いだけではない。何か、懐かしい。
そう、子供時代に見た、白い洗濯物が夜風に揺れる風景が、怖くて懐かしいように。暗い廊下、天井、縁の下……それらの怖さが、懐かしい人と景色に繋がっているように。
ツイッターでフォローしている黒木あるじさんの「椎名葉草・続」は、その怖くて懐かしい郷愁そのもののような怪談実話ばかりでした。
人が自然と共生していた頃の、森の、山の、川の……目に見えぬモノが、確かにいると感じて動けなくなるあの一瞬の恐ろしさと懐かしさは、現代の都会にはない体温があります。
シリーズ全部が読みたくなりました。