今こそ伝えたい、戦争の証言。今年の課題図書『生きる 劉連仁の物語』著/森越智子

昨年から今年にかけて仕事がびっしり詰まっていて、ご紹介したい本が山ほどありながら果たせず……でも、この一冊は、課題図書になった今こそご紹介せねば!と、山積みの資料本より先に読みました。
季節風同人の作家、森越智子さんのデビュー作です。

生きる 劉連仁の物語 (単行本図書)

生きる 劉連仁の物語 (単行本図書)

1944年9月、日本軍により中国から連れ去られた劉連仁。苛酷な炭鉱労働から逃亡し北海道の山中で一人、13年間生き抜いた。奪われた人としての尊厳をとり戻すための孤独な闘いの物語(BOOKデータより)
これは、命の記録です。
戦争がいかに、一人の人間の人生を翻弄し破壊するか……を、中国国家の言い分や日本国家の言い訳ではなく、独り、必死に戦時を生き抜いた誠実な人間の、ありのままの証言が綴られた一冊です。
「戦争は人間に本当の自分というものを、むりやり捨てさせる。別な皮をかぶらされ、心にある良心も、だれかに向ける優しさも、自分という存在そのものを捨てさせる。そしてそのことをいたん受け入れてしまったら最後、濁流におし流されたように引き返せなくなる」
本文に書かれたこの言葉は、まさに、戦争の正体を言い当てています。
森越さんは文学作家としては新人ですが、これまで文芸編集部やNGO(子どもの権利ネットワーク南北海道)の設立やビデオ制作にかかわってこられた人です。その魂に刻み込まれた人への愛がこの本には込められています。
過去に目を閉ざす者は、結局のところ現在にも盲目になるのです』(リヒャルト・フォン・ヴァインツゼッカー)
この言葉もまた、現在の日本人が深く心に刻まなければならないのではないでしょうか。
戦時中の人間の尊厳を奪った無残な使役「強制労働」から、さらに現代の日本社会にも切り込んでいく作者の深い洞察もまた、今、多くの人が見逃していることを、もう一度見直す機会ともなるでしょう。
劉さんの人生は、国家や政治のごまかしを明るみに出してくれたのだと思います。今、読むべき、読めば、人としての真実の目が開く一冊です。