「ずっと胸にいた少年に、やっと会えました」byあさのあつこ

火群のごとく



火群(ほむら)のごとく』著/あさのあつこ文芸春秋
我らが季節風の星、あさのあつこさんの新作です。
私はあさのさんの時代劇が好きで、これまでも『弥勒の月』など、素敵な八丁堀の旦那と岡っ引きの捕物帖なども読んできました。
このブログへ来てくれる子たちなら、『バッテリー』とか『NO.6』なんかがお馴染みかな?
あさのさんが書く少年は、なんといっても、少女の胸をきゅんとさせるのです。それは、どの作品もそうなんですが、今回は、ヤングアダルト以上成人向き小説として書かれていますので、大人の女も男もきゅんとさせなければなりません。
しかも、登場するのは少年剣士たち!
これを読まずして、あさのさんは語れない! と、勉強熱心に読んだわけでは全然なくて、読みたくて仕方なかったので読みました。
藩随一の剣士であった兄が何者かに斬殺され、その謎を追う弟の林弥(りんや)をめぐって、なんとも魅力的な登場人物が次々と現われます。その一人ひとりの描き方が、それぞれ魅力的なくせに、全くぶれていないのです。
つまり、ステレオタイプのヒーローは一人もいなくて、誰もが血肉をもち、繊細な心を抱いた人間として描かれているのです。
そして、少年を描くとき、あさの文学は半端なく輝くのです。
現代劇なら語りすぎてしまうかもしれない少年が、時代劇ゆえ、サムライゆえに無言で耐え、必死におのれを磨こうとする姿は、おそらく、少女や女性だけでなく、大人の男性が読んでも胸に迫ってくるのではないかと思います。
これまで、あさのさんの書いた物語では好きな本はいろいろあったけれど、私は今回、この本が一番好きになりました。
個人的に感動したのは、なんといっても文章の美しさです。
この物語の中には、江戸時代の漆黒の闇があります。澄みきった空の色、濃厚な森の匂い、むせるような草の匂い。
八尋の淵の水の匂いと感触は、読んでいる者の五感に、まるで自分自身が淵の水の中にいるように伝わってきます。光と水がおりなす、この世のものとも思えないその一瞬を、読者は林弥と共に体感できるのです。
たしか、「一冊の本」というテレビ番組で、あさのさんは語っていらっしゃいました。
「田舎に住んでいるので、かえって江戸時代を体験できる」というようなことを。外に出た時、全く光源のない漆黒の闇は現代の都会では体験できませんが、あさのさんのお住まいの周囲にはそれがあるのだそうです。
私も時代小説を書くので、これまでも感じていたことがあります。時代小説を書くなら、江戸の闇を体感しなければならないと。その思いと重なって、おもわず、画面の前で頷いていた私です。
あさのさん、いいものを読ませて頂きました。ありがとうございます。
私も頑張ろう。頑張らねば……と、思わせてくれた林弥、和次郎、源吾、透馬に、心から感謝です。
あ、それに、林弥の恋する兄嫁の七緒がなんとも素敵でした。
越水利江子