あほ聖人と小悪魔シリーズ1・あほ聖人の誕生

ある方にメールを出そうかと思いました。しばらくご連絡がないので、ご体調でも悪いのだろうかと思ったからです。でも、思い直しました。お仕事がお忙しいだけかもしれないし、ご家庭のことでご多忙なのかもしれないと思ったからです。ただ忙しいだけなのに身体を心配されたりしたら、かえってプレッシャーかもしれないと思ったからです。いや、それより、今は連絡したくないとまではいわないまでも、積極的にはしたいと思われない状態なのかもしれませんし。だから、メールはやめました。友だちであれ、もっと親しい人であれ、メール一本でそこまで考えるようになったのは、ここ十数年のことです。自分中心にものを考えるのを、きっぱり、やめたからです。とはいっても、自己中心の自分自身というのは、常に自分の中に存在するわけで、こいつ、小悪魔りえ子が、時々「もういやだ〜」と暴れます。さらに「もうええやん。どーでも!」と無責任な発言をします。
こうして、私の中で、小悪魔と半聖人のバトルが始まるのです。
小悪魔「……っていうか、あんた、あほやなあ。だれが、そんなじゃまくさい生き方してんねん。みんな、自分中心に生きてんねん。それのどこが悪い!」
(くそっ、いうてくれたな、小悪魔りえ子めっ)
半聖人「うん、だからね。私も実は自分中心に生きてるの。つまり、人の心をほんのちょっとでも支配したくない。ぜったい、プレッシャーをかけたりしたくないの。その人自身が心から望むように生きてほしい。それが私が一番望んでることだから、つまり、そういう自分中心の生き方を私をしているの。わかった?」
小悪魔「詭弁や」
半聖人「き、きべんやとっ」
小悪魔「もういっかい、いおか。キ・ベ・ン」
(むかつく。小悪魔りえ子めっ)
半聖人「ううううう……」
(小悪魔より凶暴な顔付きになる半聖人)
半聖人「ほたら、なにかっ。人のことなんかどーでも、自分だけの欲望で突っ走れとでもいうのかっ。そんなんしたら、死んだら地獄に堕ちるぞっ」
(ついに、標準語をかなぐり捨てる半聖人)
小悪魔「あんた、もう、死んだも同然やん。地獄もすぐ足の下やろ」
半聖人(ハッ……!)
小悪魔「無理すんなってことや。無理したら地獄はすぐ足の下に口をあける。まっさかさまや。それでええのか?」
半聖人「ええ」
小悪魔「え、ええっ……!?」
半聖人「他人を地獄に突き落とすよりましや。自分も堕ちんようにがんばる」
小悪魔「あほかっ。おまえ! なんで、そんな危ないフチで頑張るねん! ちゃうとこ行ったらええやろ。ちゃうとこに。世界は広いんやぞっ」
半聖人「世界は広くて狭い。狭くて深い。深さの奥にひろがりがある」
小悪魔「たわけっ! だれが哲学やれいうてん!」
半聖人「愛は拡散すること。収縮ではない……」
(おもわず、半聖人の頭をノックする小悪魔)
小悪魔「こんこん、だれかいますか? だれかいますか〜?」
半聖人「はいはい。ここにいますよ〜」
小悪魔「あほっ。糸電話ちゃうねん!」
半聖人「あんた、ええやつやな。小悪魔」(しみじみ)
小悪魔「なんやとーっ」
半聖人「あんた、結局、ちゃうとこ行けっていうたやん。誰も傷つけへんとこへ。広い世界へ行けって。つまり、あんたは、私と同じ考えなんやな」
小悪魔「……」
半聖人「人間が共に生きるって、つまり、いいことも悪いこともあるやろ。悪いことがあるかもしれへんから、一緒に生きるのが怖いって思うのは愛やない。プラマイ引き受けてこそ、愛なんや。小悪魔、私はあんたを愛してる」
(小悪魔、怖気立つ)
小悪魔「あほ〜っ。救いようのないあほ〜っ。わしはおまえなんか嫌いじゃ〜っ。愛なんか、くそやっ〜〜〜〜〜っ」
(叫びを残して飛び去る小悪魔。見送る半聖人)
半聖人「つまり、私は救いようのないあほであるってことやな。ええやないか。こんな世の中や。あほの一人や二人、いいひんかったら寂しいやないか。これから、私は名前をあらためよ。『あほ聖人』……ええなあ。この響き……」
(ひとり、満足げな半聖人。しかし、それはあほヅラといってよかった)
こうして、りえ子の中には「あほ聖人」が確立されたのであった。
あっほ〜
あっほせいじん〜
おちるな、おちるな
じごくあな〜
遠くから、小悪魔りえ子の歌声が響いてきた。
その声は、なぜか泣いているようであった……
(『あほ聖人と小悪魔』第一話 おしまい)