神さまの下さったプレゼント

2008年頃、某協会のリレートークで書いた一文が出てきたのでご紹介します。
私の原点ともいえます。

わたしの一冊
燃えよ剣司馬遼太郎、『つゆのひぬま』山本周五郎



  わたしの少女時代は、京都の東山の路地裏で育ちました。
 当然 家には児童書はほとんどありませんでした。
 勉強嫌いのわたしは図書館へ行くこともなかったので、どうしたって漫画にはしってしまいます。そう、わたしは漫画少女でした。実は、自分でも描いていたのです。
 けれど、小学高学年から中学にかけて、わたしはいきなり文学に目覚めました。
 その理由は、思春期に近づいて、漫画の世界だけでは物足りなくなったのもあったでしょうし、テレビドラマの力もありました。
 夏休みの朝に、連続テレビドラマ『新選組血風録』『燃えよ剣』の再放送(あるいは再々放送か数度目の放送か? ともかく人気作品だったので、京都あたりでは何度も何度も放映されたのです)をしていたのです。夏休みの毎日、これを見てはまりました。新選組土方歳三沖田総司に、もうどっぷりと。
 当然、原作である司馬遼太郎さんの本を読むようになりました。これも読んでみると、ドラマと同じぐらい面白いのです(普通の場合は、断然原作の方が面白いのですが、この二つのドラマに限っては結束信二さんという脚本家が手がけていて、今でも新選組ドラマの名作といわれています)。
 で、わたしは次々司馬作品を読みました。どれもこれも面白かった。もっと大作も沢山ありました。それは、まるで、天から本の神様が降臨して下さったような出来事でした。
 児童書も読んだことない少女に、日本を代表する作家、司馬さんの本を沢山読むきっかけがあたえられたというのは奇跡のような気がします。
 でも、やはり今でも一番好きだと思い、名作だと信じているのは『燃えよ剣』です。
 これは、わたしだけの贔屓かと思いきや、司馬さんの奥さまが同じ事をおっしゃっていて驚きました。
 そして、時代小説好きになったわたしに、またも本の神様が降臨されました。
 本嫌いの母が何を思ったか職場の図書館で本を借りてきて、結局自分では読まず、わたしに押しつけた本がありました。それが、山本周五郎さんの時代小説でした。
 周五郎さんの描く世界は、どれも庶民の哀歓に満ちています。つらく切なくもあるのですが、でも、最後には、それは鮮やかに救われるのです。そして、救われた後にはとても深い感動が残ります。思春期の悩みをいっぱい抱えていたわたしは、その心地よさにすっかり酔いました。周五郎さんの本はその頃にほとんど読みましたが、やはり一番心に深く残っているのは『つゆのひぬま』です。
 人間の切なさ美しさをあれほど見事に描ききった作品は、今でも他にないと思っています。ほんの短編なんですけどね。
 わたしは一生かけて、この名作に少しでも追いつきたいと思っています。
 思春期という大切な時間に、この二人の偉大な作家に出会えたことは本当に幸せだと思います。それから、中学、高校と、本屋さんの文庫棚に毎日通って、あらゆる作家の時代小説を読みました。最後には、読んでない作家を探すほどに制覇しました。
 その後は、時代小説に限らず幅広く読むようになりました(もちろん、児童書も大好きな本はいっぱいできましたが、またこれは別の機会に)。
 しかし、今から考えると、あの取り憑かれたような濃い時間は、本当に神様のプレゼントだったのだなとしみじみ思います。
 ぼんやり読んでいる本はすぐ忘れますが、あの取り憑かれた時期に読んだ本は、わたしの血となり肉となって、今もわたしの中に轟々と流れているような気がします。
 それを証明するように、最近のわたしの仕事は時代劇づいてきているのです。きっかけとなったのは『忍剣花百姫伝』シリーズというエンタテインメントでした。初めて、時代活劇ファンタジーを書いたのがこの作品です。それが世に出てから、時代小説の仕事がどんどん入り始めました。ことに、この年末年始はお正月もなく、朝9時から深夜2時まで、毎日、取り憑かれたように、我が少女時代の憧れ、新選組ファンタジーの続刊を書いていたのです。400枚を1ヶ月半で書き上げました。
 いえ、決して手抜きではないのです。
 身内にあった世界が出口を見つけて奔流のようにあふれ出してきたのです。主人公は勝手に動き出し、作者のいうことをききません。わたしはキーボードを打つだけで、物語は登場人物が好き勝手に行動してしまった、そんな気がします。
 不思議なことに、そういう作品は推敲に手がかからないのです。
 そう、それは、思春期のあの濃い時間から今まで、ずっと、わたしの中で発酵していた物語でした。おそらく、今現在は、わたしにとって第二次取り憑かれた濃い時間なのです。これは周期でいうと、少なくとも四、五年はつづくと思われます。
 どうぞ、みなさま、何かに取り憑かれて下さい。
 それは、きっと、神様がそのひとに微笑んで下さっているのだと、この頃、わたしは思うのです。

 
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