続・小説、物語の書き出しってどう書く? 

先日書いた記事「小説物語の書き出しってどう書く?」が、沢山の方に読まれて面白がって頂き、FBにも多くのコメントを頂いたりしたので、続編です。
前の記事を読んでらっしゃらない方は、↓ここをクリック!
http://d.hatena.ne.jp/rieko-k/20130913/P1

あれから、書き出しに注目して手持ちの本を見てみると、書き出しの傑作というのが、いろいろ出てきました。まずは、前回のテーマ、空は晴れているか?について、傑作を見つけました。
夜のピクニック (新潮文庫)「晴天というのは不思議なものだ、と学校への坂道を登りながら西脇融は考えた。」
夜のピクニック恩田陸

この書き出しの傑出しているところは、ただ舞台の晴天を描くだけでなく、これから始まる青春小説の足掛かりになるピースが幾つもはめ込まれているところです。西脇君は、これから、高校生活の最後を飾るイベント「歩行祭」(全校生徒が夜を徹して歩き続ける)にいどむのです。
進学校の鍛錬歩行祭を通じて描かれる胸を焦がす思い、友情……ただ歩くだけなのに、その内なる物語はとても印象的で、長く心に残ります。読後、書き出しに戻ると、この物語を、最初の一行が予告しているような気がします。

六番目の小夜子 (新潮文庫)「こんなゲームをご存知であろうか」六番目の小夜子恩田陸
これも、恩田さんですが、いやあ、ぎゅっと、つかまれてしまう書き出しではありませんか?
はめ込まれているピースは少なく見えますが、これは「プロローグ」の書き出しで、物語全体をなんとなくイメージしてしまいます。本章の最初も、これまたうまい!
「__その朝、彼らは静かに息をひそめて待っていた。」
はい、もうつかまってしまいましたよね。
ある高校に十数年間受け継がれた奇妙なゲームが、青春に輝く高校生を恐怖に包み込んでいくという、恩田さんのデビュー作です。こうしてみると、恩田さんの書き出しだけでこの記事は書けそうですが、せっかくですから、ジャンルを変えてみます。

では、晴天から入ったので、次は夜から……。

しゃばけ しゃばけシリーズ 1 (新潮文庫)「厚い雲が月を隠すと、江戸の夜の闇は、ずしりとのしかかるように重かった。」
しゃばけ畠中恵
おなじみ若旦那と妖怪の番頭が活躍する江戸妖怪話です。
情景描写から入る書き出しですが、畠中さんも、物語の舞台となる妖しさを十分にピースにはめこんでいます。

嗤う伊右衛門 (中公文庫) [ 京極夏彦 ]伊右衛門は蚊帳越しの景色を好まない。」
嗤う伊右衛門京極夏彦
妖しさといえば、この短文の中にあるピース「蚊帳越しの景色」の凄味。
妖気が立ちのぼってくるようです。
さすが!と手を打ちたくなる闇の貴公子京極夏彦さまの書き出し。
いやはや、恐れ入りました、京極さま!(土下座…) m(_ _)m



視点を変えて、壮大な書き出しといえば、これ。
草原の記「空想につきあっていただきたい。」
草原の記司馬遼太郎
二行目はこう続きます。
モンゴル高原が、天に近いということについてである。」
読者は、もう二行目で壮大な景色を思い浮かべ、書き出しにつかまれてしまいます。
文献取材の解説が多く、一部の評論家からは「悪文」といわれた司馬さんですが、私はこの書き出しの魅力にはまった読者でした。

と、ここまでは一冊ごとの書き出しをご紹介しましたが、物語も人気のものは、続刊が続きます。
それも、長くなれば、最初の一行にはめこむピースの数より、これから始まる物語のための、象徴的で簡潔な書き出しも重要になってきます。

燦(1) 風の刃 (文春文庫) [ あさのあつこ ]「風が野を分けて、走る。」
燦1 風の刃あさのあつこ
あさのさんの時代小説は、鮮やかな書き出しが多いのですが、二行目はこう続きます。
「雲が割れ、陽が一筋、地に注ぐ。」
ここまで読んで、シリーズとなるこの物語で描かれようとするのが、風の刃だけでないことが象徴されています。二巻は『燦2 光の刃』『燦3 土の刃』……と続きます。
シリーズになってゆく物語は、二行目も鍵かも…というのは、私的考えですが。

陰陽師 (文春文庫) [ 夢枕 獏 ]「奇妙な男の話をする。」陰陽師夢枕獏
この二行目は、「たとえて言うなら、風に漂いながら、夜の虚空に浮く雲のような男の話だ。」と続きます。ほら、二行目に見えてきましたね、奇妙な男が……!
陰陽師(付喪神ノ巻) (文春文庫) [ 夢枕 獏 ]「大きな柿の木の下で、十人あまりの下衆が休んでいる。」
陰陽師 付喪神ノ巻』の書き出し。
陰陽師 夜光杯ノ巻』では、
安倍晴明の屋敷の庭では、すでに春の化粧(けわい)が始まっている。」
となります。
つまり、巻ごとに描かれるのは、物語の醸し出す季節や情景で、物語を読めば、実は象徴的とわかりますが、書き出しだけ読めば、ゆるやかな始まりとなっています。つまり、シリーズものともなれば、それほど、書き出しにピースを埋め込む必要がないのです。

シリーズの書き出しの多くをご紹介するのは、作者さんに遠慮があるので、拙作のシリーズで試してみます。
[rakuten:book:15909846:image] 「未明の空に、冷たい雨が降っていた。」忍剣花百姫伝 魔王降臨越水利江子
「殿さまが、朱虎さまが討ち死になされましたぞっ」と、セリフが続きます。
戦国の緊迫感と沈潜した哀しみを表現しています。花百姫の二巻です。

忍剣花百姫伝(七)愛する者たち (ポプラ文庫ピュアフル)「いにしえに、天から巨大な磐船が降ってきた。」
忍剣花百姫伝 愛する者たち越水利江子
一、二巻あたりでは、書き出しも、戦国ファンタジーの印象が強いのですが、三巻以降は、タイムスリップを繰り返し、舞台も、過去、未来、世界へと飛んでしまうので、後半の書き出しは、一、二巻では予想できない拡がりになっていきます。とはいえ、書き出しにそれほど苦心してはいません。
前回の物語を引き継ぐシリーズというのは、基本的に一つの物語を始めるのとは違って、ゆるやかに世界観を拡げていく余裕があることも事実です。