『文豪ノ怪談ジュニア・セレクション 獣』著/泉鏡花/太宰治/宮沢賢治/与謝野晶子/中島敦…他


東雅夫先生編纂の「文豪ノ怪談ジュニア・セレクション」の一冊です。さすがです。ジュニアも大人も愉しめて、さらに、深い教養が身に付くのではないでしょうか? 原典を損なわず、総ルビ解説付きなので、やや古文調の小説もすっと読めます。何より読みやすく面白い!
執筆陣は豪華この上ないものですが、東先生の編纂の妙も冴えてます。導入作品の「山月記中島敦に始まってすぐ、児童文学作家にはお馴染みの作家、小川未明「牛女」が続き、芥川龍之介「馬の脚」、与謝野晶子「お化うさぎ」、坂口安吾「閑山」、太宰治「尼」、梶井基次郎「交尾」と続き、児童書でお馴染み「注文の多い料理店宮沢賢治、「蛇くひ」泉鏡花で締めくくられます。どれも傑作揃いです。
ことに「山月記」には、人生の孤高を思い、「牛女」にも同じく人の生の悲しさを思いましたが、中でも一番ぞっとして、情景が視えてしまったのは、やはり、泉鏡花の「蛇くひ」でした。「応」と呼ばれる集団に捕えられ、生きたまま熱湯で煮られる蛇たちが、苦しさのあまり、蓋にされた笊の目から頭を突き出し、その頭を掴まれ引っ張られると、その頭に巣骨のみがついて、ずるりと抜け出てくるさまなど、鍋に残った煮崩れた蛇肉まで見たような気がしました。
文学とは凄い!その一言に尽きます。
これらの作品について、東先生は後書きで「野獣のような乞食集団『応』の跳梁ぶりを描いた『蛇くひ』をはじめとして、本書には、今日の人権意識に照らすと不当な身分的あるいは身体的差別を被った人たちが登場します。」と書かれて、こうした差別は絶対容認できないものであると述べられ、これら文学において、むしろ作家はこうした人々に肩入れして作品を書いている…とも述べられています。
私はとっさに「師匠!」
と呼びかけていました。
「そうですよねー!なのに、現代文学の版元においては、その内容にかかわらず、差別用語とされるその言葉だけを刈る方向へ行ってます。それでは、差別された人々の哀しみに共感する事もできないし、歴史から学ぶこともできませんよね!」と。
いえ、私は東先生を慕うだけの物書きですので、弟子入りを許された訳ではありません。
でも、そう呼ばずにいられなかったんです。近頃の本づくりにおいて、差別用語のみを切り捨て、なかったことにするのは間違っていると思っていた私は、東先生はもちろん、このシリーズを発行された汐文社さんにも、心からのエールを送りたいです。