天空の王子、天沼春樹さんと、物語りの至宝、岩崎京子さんのご本

『ドラゴン・ゲート』作・ジェニー=マイ・ニュエン 訳・天沼春樹
ドラゴンゲート 上 ドラゴンゲート 下
いやあ、読みましたよ! って、自慢したくなる二冊です。締め切りの合間に読むには、あまりにも分厚いハイ・ファンタジーで、読みたい読みたいと思いながら長く読めなかったのですが、読みだしたら二日で読了。
導入こそ、ゆっくりですが、上巻の半ばまで読み進めば、あとは一気でした。なにせ、ご自身も作家である天沼さんの翻訳はとても美しく読みやすいのです。ことに、ふんだんに出てくる太古の森の描写の素晴らしさといったら! 深々と霧にぬれている森の匂い、ひやっと冷たい空気、下草を踏むかそけき音、木漏れ日のきらめき、木肌の質感、森の生き物が発するかすかな気配……それらが、物語の中からあふれだしてくるような、いや、自分がとりこまれるような、本当に森の匂いをかいだような、素足が露で濡れたような、ドラゴンのシルエットを見たような、そんな気がする本でした。翻訳小説における訳者の存在の大きさをあらためて感じました。
「王女は、その少年を、ずっと待ちこがれていた。夢見る少女から大人の娘へ、二度と還らぬ大切な時を詩情豊かに描ききる、奇跡の純愛ファンタジー!」と、帯にあります。作者は16歳で衝撃のデビューをした、ドイツ・ファンタジーの輝ける新星、ジェニー=マイ・ニュエンです。
太古の深い森と人間の王国、衰退するエルフの王国、太古の森に生き残ったわずかなドラゴンの一族。いわば、『指輪物語』の世界観の延長線上にある物語なのかもしれません。この指輪物語は疑うべくもなく名作ですが、あまりに細部が緻密で、それを読んでいるうちに疲れてしまって途中で挫折する人も多いのです。むしろ、こちらの方が、少年少女や初心者向きではないかなと思いました。
読み終えた後、私は、ドラゴン、太古の森、エルフ、魔法、これらのものが象徴しているもののことを、目には見えずとも奥深く人間を癒すもののことを考えました。それらを失ってしまった現代の人間は、まさに、この物語の延長線上に生きているのではないかと。その痛みこそが、現代人を振り返らせるための仕掛けなのでしょう。目もさめるほど美しくひたむきで、けれど、それゆえにこそ、読者は、物語の登場人物と同じ痛みと悲しみを感じてしまうかもしれません。おそらく、それが作者のメッセージなのです。

花咲か―江戸の植木職人

花咲か―江戸の植木職人

「江戸の町にソメイヨシノがやってきた。江戸駒込の植木師にひろわれた少年が、小さな命と向き合い、江戸の町にあでやかな新種の桜を植樹し、開花させるまでのひたむきな姿を、清々しい筆致で描いた長編」
と、帯にあるように、江戸の町に千本桜を植えた常七という少年の書き遺した日記をもとにした本当にあった物語です。
時間をかけた資料探し、足をつかった取材とはこういうことなんだと、あらためて思いました。そして、その活かし方の見事さには、もう「参りました!」というしかありません。
岩崎さんの文体ほど、老若男女だれが読んでも、すうっと入ってくる文体は他にないのではないでしょうか。磨き抜かれた宝玉のようです。
そして、もはや、日本の児童文学の名だたる御大であるにかかわらず、作家としての作品のなんと瑞々しいことでしょうか。日常を描きながら、まったく読者を退屈させません。
それどころか、人の魂に、しずかに、けれど、深く深く浸透してくる常七という人間の清らかさは、いったい何なのでしょう。贅沢からかけはなれた貧しい暮らしの中で、これほどの豊かな魂をもちえた常七が、江戸の人々がうらやましくもあり、常七というひとりの少年の一生の見事さにも心打たれます。日本人を、日本の文化を好きになりたければ、この物語を読んでみて下さい。