『ベルおばさんが消えた朝』と『センス・オブ・ワンダー』

『ベルおばさんが消えた朝』
ベルおばさんが消えた朝作: ルース ホワイト 訳:光野多惠子 (徳間書店
「秘密を胸にやって来たいとこは…50年代アメリカの山間の小さな町を舞台に、ミステリアスな展開で少女の心の成長を描く心打つ物語」「心の痛みから守ってくれるものなどない。どのように対処していくかだけだ、というホワイトのメッセージが、ユーモアと愛を交えて伝わる本」(スクール・ライブラリー・ジャーナル)「賞賛に値する感動的な本だ。」(ニューヨーク・タイムス誌)以上帯より
良家に育った長い金髪の美少女ジプシーの悩みは「だれも、本当の自分を見てはくれない」ということでした。世の中の人はみな、ジプシーの目も覚めるような美しい姿しか見てはいないのです。その中にいる本当のジプシー自身、ユーモアがあって、ピアノだって上手に弾ける、いつでもいい子でなんかいたくない一人の女の子に、だれも気づいてくれない。と、ジプシーは思っていました。
そんなある日、ジプシーの隣家、おじいちゃんの家に、ママの妹であるベルおばさんの息子、ウッドローが引き取られてきました。
この十二歳のウッドローの魅力的なこと。いえ、ウッドローは母親であるベルが、ある朝ふいに消えてしまったことから、心に深い傷を持つ少年なのです。それに、おじいちゃんの家に来た時は、だぶだぶの服だし、その顔だって、目立ってしまうぐらい斜視なのです。
見た目は決してかっこいいとはいえない少年に、美少女のジプシーはどんどん惹かれていきます。それが、読み手にとっても違和感がありません。どころか、読んでいる私もどんどんウッドローが大好きになっていきました。
そして、最後に明かされる二人の秘密。傷ついた少年と少女が出会い、空想の世界に遊びながら、現実の美しさに目覚めて行く過程で浮き上がってくる亡くなったジプシーのパパの秘密、ベルおばさんの秘密。それらが解き明かされた時の開放感はとても気持ちのいいものでした。
「…馬にまたがるその姿は、しゃんと背中が伸びてこゆるぎもせず。日に焼けていかついところは山のようで…。そう、コールステーションで、今までだれも見たことがなかったようなたくましい男の人の姿が、いまのわたしには見えていた」と書かれたシーンは、私にも見えました。心洗われるような、透明感をもった景色とその人が。
「ありがとう」といいたくなるような物語の世界。木々や花や、その輝きやざわめき、森の空気や、夜のとばりの色、その匂いや、目に見えない気配までもを感じさせてくれた香気あふれる翻訳にも感動しました。辛いことがあっても乗り越え生きぬくことの素晴らしさが、山間の美しい町の自然と共に、大きく深く読者に浸透していきます。読んで良かった、と、しみじみ思える本です。ニューベリー賞オナーブック。


センス・オブ・ワンダー

センス・オブ・ワンダー作: レイチェル・L.カーソン 訳: 上遠恵子 (新潮社)
レイチェルは、かの世界的名作『沈黙の春』の作者です。
沈黙の春作: レイチェル・L.カーソン 訳:青樹 簗一(新潮社)
世界を救いつつあるといっても過言ではないこの『沈黙の春』は、ずっと昔に読みました。いわば、私にとってもバイブルの一つです。
そのレイチェルが、1964年に五十六歳の若さで天路へ旅立ってしまったのです。レイチェルの最後のメッセージがこの『センス・オブ・ワンダー』です。本当は彼女はこれをふくらませて作品にしようと考えていたようです。けれど、残された彼女の月日は、それまで待ってくれませんでした。結果、この短いけれど、だれの心にもすーっと入ってゆくこの本のメッセージだけが残されたのです。
その素晴らしいメッセージは読んで頂くしかありません。
地球という星の深い愛、その中で育まれ生きているあらゆる自然、生き物たちのなんという奥深さ、力強さ、美しさ……人間だけが失いつつあるかけがえのない大切なもの。
ほとばしる感性に飲み込まれ、浄化されるようです。この翻訳もとても素晴らしいです。