『光のうつしえ』著/朽木祥

光のうつしえ 廣島 ヒロシマ 広島

光のうつしえ 廣島 ヒロシマ 広島

真夏の夜、元安川に、人々は色とりどりの灯籠を流す。光を揺らしながら、遠い海へと流れていく――。
68年前の8月6日。広島上空で原子爆弾が炸裂した。そこに暮らしていた人々は、人類が経験したことのない光、熱線、爆風、そして放射能にさらされた。ひとりひとりの人生。ひとりひとりの物語。そのすべてが、一瞬にして消えてしまった。昨年、原爆をテーマに研ぎ澄まされた筆致で『八月の光』を世に問うた朽木祥が、今回、長編で原爆を描ききる。日本児童文学者協会新人賞をはじめ、産経児童出版文化賞大賞など多数の賞に輝く朽木祥が、渾身の力で、祈りをこめて描く代表作!

中学1年生の希未は、昨年の灯篭流しの夜に、見知らぬ老婦人から年齢を問われる。仏壇の前で涙を流す母。同じ風景ばかりを描く美術教師。ひとりぼっちになってしまった女性。そして、思いを寄せた相手を失った人―。希未は、同級生の友だちとともに、よく知らなかった“あの日”のことを、周りの大人たちから聞かせてもらうことに…。(内容紹介より)

この物語は、決して声高ではありません。
戦争の残酷さ、町一つまるごとの無辜の民を殺戮した……いえ虐殺したといってもいい原爆の罪を問う叫び、その悲嘆、怒りを描いた物語は少なからずあります。でも、この物語は、そういう物語ではありません。この物語は、悲しいほどに静かに、胸がつまるほど美しく描かれた人間の物語です。
私は、同じく朽木さんの『八月の光』を読んだ時も、淡々と描かれた人間の暮らしに胸を打たれたのですが、この『光のうつしえ』は、さらに、その透明感に息をのみます。
けれども、澄めば澄むほど、悲しみもまた、どんどんその深度を深めていって、とても、一人の心では受け止められないほどの大きさ、重さになっていくのです。
けれど、読み終えた時には、その深い海の底のような重すぎる悲しみが、ゆらめく光にさんざめきながら、溶かされていくような気がします。
それは、人間の魂そのものを描こうとした朽木さんご自身の心に映し出された世界なのかもしれません。
澄んだ水のように冷たい悲しみに全身をひたしながら、心は、魂は、さんざめく光と共にたゆたい、天へ昇っていく……その景色を、確かに見たような気がしました。
今、日本では、平成の治安維持法ともいわれる特定秘密保護法案(秘密保全法)が国会を通過しようとしています。
そのことが、今後、どれほどの恐怖と悲劇を運んでくるか……に気付くためにも、この物語の透明感、誰もが心深くから流す涙の切なさと美しさに触れて下さい。
この本が、沢山の手に届き、日本中の人々の心に届くことを祈っております。