『APORIA アポリアーあしたの風』著/いとうみく


アポリア あしたの風 (単行本図書)
※なぜかアマゾン画像が出たり消えたりするので書影アップしました。
20XX年、東京湾北部を震源とするM8.6の大地震発生。沿岸部を津波が襲う。俺は母さんを見殺しにした――母を救えなかった中学生・一弥は、絶望の底から生きる希望の光を見出せるのか…(BOOKデータベースより)
昨夜は真夜中、季節風の同人でもある作家、工藤純子さんの『セカイの空がみえるまち』をご紹介して(真夜中だったので、ブログの記録は同日になってしまいましたが…)、続けて読んだ『アポリア』にも、しみじみ同人作家の凄さを感じてしまいました。
まだ日本人の記憶から冷めやらない3.11の大地震津波の恐怖。あの黒い津波の押し寄せる姿が思い浮かんで、物語の始めに、私はすぐ泣きそうになりました。
この重いテーマを書こうする決意、実録ではなく創作として世に問おうとする心意気に、同じ作家である私は、深く胸打たれました。
この物語の主人公、一弥(いちや)は、平凡な暮らしの中で、母子家庭の母に反抗し、世の中からも遠ざかって、引きこもりの生活をしていました。
その時、首都を襲った大地震津波。一弥は、思いもしなかった喪失の世界に突き落とされます。反抗しながらも愛していた母と、心の奥深くで父のように慕っていた叔父とも引き裂かれてしまいます。
けれど、日常を失ったからこそ、一弥に芽生えていく人としての深い思い……。
とまあ、ここで説明してしまうのはもったいないので、ぜひ読んで下さい。
心の奥から、ふつふつと勇気が湧いてくる物語です。
今、戦争児童文学に取り組んでいる私は、戦時資料にあたればあたるほど、辛くて苦しくて、書けなくなっていたのですが、この物語を読ませて貰って、勇気を貰った気がします。辛いからこそ、書く意義があるのだと……。

蛇足ですが、たった一つ、この物語に書かれていないことがあります。もし、この大地震で、もし原発事故が起こったらどうなったのか……ということです。なぜ書かなかったか、私にはわかる気がします。辛さを乗り越え、希望の物語とするには、原発事故はあまりに救いがないのです。人の心と命を大切に生きるなら、原発は無くすしか希望は描けません。だから、この物語には、原発はなくていいんです。未来の物語だし、その頃なら、原発はなくなっているかもしれませんから。
「いや、ないんだよ、もう〜」と、作者が言ってくれるなら、この物語は、現代人にとっても、なんと希望に満ちた物語でしょうか!