『恋する新選組』外伝 新選組屯所事件簿4
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◆新選組屯所事件簿4
文机に向かって書き物をしている土方歳三
土方歳三 「しれば迷い しなけれは迷わぬ 恋の道……と」
沖田総司 「土方さん、また発句ですか。どれどれ……」
のぞきこむ総司。あわてて隠す土方。
歳 「こ、これは、歌ではない。事件簿だ」
総司 「事件簿? これが? じゃ、この『春雨や 客を返して 客に行』というのは?」
歳 「そ、それも事件簿だ」
総司 「へえ。どんな事件なんです?」
にやにやしてたずねる総司。
歳 「うん、それはまあ……つまり、監察部の山崎君からの報告だ。そんなわけで、俺は出かけてくる」
総司 「じゃ、この『しれば迷い しなけれは迷わぬ 恋の道』ってのは?」
歳 「それはだ、犯人が恋に迷っていたんだな。恋をしなければ迷うことはなかったし、事件を起こすこともなかったということだ」
総司 「なるほどねえ…」いいつつ、まだにやにやしている。
そこへ、市中見廻りから、永倉新八が帰還。
新八 「なんだい。沖田君。いやに、にやにやしてるじゃないか」
総司 「それが、大事件なんです」
歳 「お、おい、総司……!」
新八 「大事件だって? 殺しかっ!?」
永倉新八の大声を聞きつけて、槍をかついだ原田左之助が駆け込んでくる。
原田佐之助 「殺しだとぉ〜 犯人は誰だ! 俺にまかせろっ。引っ捕まえてやるぜ!」
歳 「ゴ、ゴホン……ご苦労、永倉君、原田君。ま、まあ、市中見回りで腹が減ったろう。飯でも食ってこい。タクワンを分けてやってもいいぞ」
左之 「へ!? 土方さんのタクワン、食っても怒らないのか」
新八 「どういう風の吹き回しだ? タクワンは土方さんの命の次に大事なんじゃなかったのか?」
歳 「つべこべいうなっ。さっさと食ってこいっ」
左之 「そ、そうかい? せっかくのお言葉だ。新八っつぁん、まずは腹ごしらえだ」
原田は永倉をさそって台所へ去る。
歳 「総司、いいかげんにしろ」
くすくす笑っている総司を、土方はにらみつける。
総司 「ふふふ、でも、どうします。原田さんと永倉さんは腹ごしらえをしたら、また事件解決に出張ってきますよ。土方さんの事件簿はどう決着をつけるつもりですか?」
歳 「この事件は俺がかたをつける」
土方は書き物をふところにねじ込んで立ち上がった。
左之 「おい、沖田君。副長はどこへ行ったんだ!?」
タクワン飯をかっ食らいながら駆けてくる原田。
新八 「左之さん、俺も行くぞ!」
酒どっくりをぶら下げた永倉もやってくる。
総司 「しょうがないな。じゃ、ついていきますか」
三人は連れ立って、土方の後をつけていく。
左之 「あ、土方さん……嶋原へ入っていったぞ。事件は嶋原か?」
新八 「まさか、嶋原の太夫が殺されたとかじゃないだろうな」
総司 「角屋に入っていくようですね」
新八 「佐之さん。どうする?」
左之 「そりゃあ、ここまで来て帰る手はないだろう。俺たちも上がろうぜ」
新八 「しかし、ここは嶋原きっての揚屋角屋だぞ。持ち合わせが……」ふところを探る永倉。
総司 「それなら、少しは持ってます。これで、お二人は待機してください」
総司はふところの財布を二人に手渡す。
左之 「ありがてえっ。しかし、沖田君はどうするんだ?」
総司 「土方さんがどこの座敷にあがるか、こっそり見てきます」と、原田、永倉と分かれて、土方が上がっていく角屋の二階へ向かう。
土方が青貝の間の前を通り過ぎたとき、部屋から、すーっと出てきた武士がいた。
刀の柄に手をかけている。
一瞬、身構える総司。
(土方さんを斬ろうとしているのか……!?)
と、室内から、「おい、いーちゃん。やめとけ」という声。
とっさに、総司は土方を斬ろうとしている侍の肩を、ポンとたたいた。
総司 「岡田さんじゃありませんか。奇遇だなあ」
ぎょっとして振り向いたのは、岡田以蔵であった。
「おお、沖田さんやないかえ」と、室内から声。
見ると、日に焼けた侍が白い歯を見せて笑っていた。
総司 「あ、坂本さん! お久しぶりです。江戸以来ですねえ」
龍馬 「まったく、懐かしいのう。まあ、一杯やっちくれ。ほれ、いーちゃんもこっちきぃや」
以蔵 「けんど、りょうちゃん。確かに、さっき通っていったのは、新選組の土方じゃき……」
龍馬 「じゃから、ここは嶋原じゃ。勤王も佐幕もない。皆、美しいおなごと遊んで飲んで、楽しゅうやるところぜよ。そんな場所で刀を抜くなんぞ、野暮じゃ。やめとけ」
以蔵 「りょうちゃん! そうはいうが、こいつも新選組の沖田じゃろうが!」
総司 「いいじゃありませんか、岡田さん。そうかたいことはいわずに」
以蔵 「な、なんじゃとっ。き、きさまっ……」
龍馬 「いーちゃん。まあ、飲め。殺し合うのはいつでもできる」
そういう龍馬は総司に酒をそそいでいる。
総司 「いやあ、京の酒はまろやかだなあ」
龍馬 「肴もなかなかいけるぜよ」
総司 「ほんとだ、この湯葉巻き、うまいなあ」
龍馬 「これもうまいぜよ。蕪蒸しじゃ」
以蔵そっちのけで飲んだり食ったりする二人。
以蔵 「俺の分を食うな、沖田!」
総司、くすくす笑って、「おかわりを頼んで、岡田さんも一緒にやりましょう」
やがて、遊郭の明かりが灯って、嶋原は夜のしじまに……
すっかり出来上がってしまった龍馬、総司、以蔵は、二軒目に行こうと角屋を出る。
と、こちらも一階で出来上がってしまった永倉と原田が「沖田君!二軒目なら付き合うぜ」と出てくる。
左之 「ところで、こいつらは誰だ?」
総司 「あ、江戸以来の朋友ですよ。りょうちゃんといーちゃん」
新八 「しかし、土方さんはどうした?」
総司 「二階の奥へ上がったきりですから、また、モテているんでしょうよ」
左之 「そうか、副長は腹立つほどモテるからなあ」
新八 「殺しの件はどうなったんだ?」
左之 「もういいじゃねえか、俺たちも酔っぱらったことだし」
以蔵 「そうじゃそうじゃ。酔っぱらったら、殺すも殺されるもない!」
龍馬 「おっ、いーちゃん。わかってきたな」
総司 「行こうぜ、二軒目!」
とまあ、酔っぱらい軍団は二軒目へなだれこむ。
それを困ったように見送ったのは、監察部の山崎丞である。
山崎 「はて、どうしたものか。これを副長に報告するかどうか……」
と、そこへ土方が女連れで出てくる。
土方 「どうした、山崎君」
山崎 「あ、いや。それがそのう……」
土方 「空を見ろ」
「は?」と、空を見上げる山崎。空には満月が青く煌々とかがやいていた。
土方 「一句、浮かばんかね?」
山崎 「は、いや……わたしはその方面は……」
土方 「春の月 客を返して 客に行……だ」
山崎 「はあ……?」
土方 「総司ら(やつら)は、かえったようだな」
山崎 「はい。ご存知でしたか。しかし、沖田先生がたは、土佐の坂本、岡田と……」
土方 「しれば迷い しなけれは迷わぬ 恋の道……今夜は迷うのに、いい月だ」
山崎 「は?」
土方 「こういう夜もあっていいだろう。な、山崎君」
そのまま、女の肩を抱いて楼閣へ向かう土方。
それを見送りつつ、山崎……
「なるほど、今夜の月は、女ゴロシが迷う月か……」
(つづく)
恋組ファンの子たちに約束した『恋する新選組』外伝。ようやっと更新しました。お目汚しですが…
ちなみに、本文に出てくる歌「しれば迷い しなけれは迷わぬ 恋の道」「春雨や 客を返して 客に行」は、本物の歳さまが遺した歌です。しかめっ面して、可愛い歌をよむのが得意な歳さま(ラヴ♥)。
※ブログ中の新選組キャラ絵は『恋する新選組』(絵/朝未さん)シリーズのギャグパターンですが、外伝は本編に関係ありません。