『恋する新選組』外伝 新選組屯所事件簿4

rieko-k2012-12-07

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新選組屯所事件簿4
文机に向かって書き物をしている土方歳三

土方歳三    「しれば迷い しなけれは迷わぬ 恋の道……と」


 沖田総司   「土方さん、また発句ですか。どれどれ……」
のぞきこむ総司。あわてて隠す土方。



歳    「こ、これは、歌ではない。事件簿だ」
総司   「事件簿? これが? じゃ、この『春雨や 客を返して 客に行』というのは?」
歳    「そ、それも事件簿だ」
総司   「へえ。どんな事件なんです?」
にやにやしてたずねる総司。

歳    「うん、それはまあ……つまり、監察部の山崎君からの報告だ。そんなわけで、俺は出かけてくる」
総司   「じゃ、この『しれば迷い しなけれは迷わぬ 恋の道』ってのは?」
歳    「それはだ、犯人が恋に迷っていたんだな。恋をしなければ迷うことはなかったし、事件を起こすこともなかったということだ」
総司   「なるほどねえ…」いいつつ、まだにやにやしている。
   そこへ、市中見廻りから、永倉新八が帰還。

 新八   「なんだい。沖田君。いやに、にやにやしてるじゃないか」  
総司   「それが、大事件なんです」
歳    「お、おい、総司……!」
新八   「大事件だって? 殺しかっ!?」
永倉新八の大声を聞きつけて、槍をかついだ原田左之助が駆け込んでくる。
 原田佐之助 「殺しだとぉ〜 犯人は誰だ! 俺にまかせろっ。引っ捕まえてやるぜ!」



歳    「ゴ、ゴホン……ご苦労、永倉君、原田君。ま、まあ、市中見回りで腹が減ったろう。飯でも食ってこい。タクワンを分けてやってもいいぞ」
左之  「へ!? 土方さんのタクワン、食っても怒らないのか」
新八   「どういう風の吹き回しだ? タクワンは土方さんの命の次に大事なんじゃなかったのか?」
歳    「つべこべいうなっ。さっさと食ってこいっ」
左之  「そ、そうかい? せっかくのお言葉だ。新八っつぁん、まずは腹ごしらえだ」
 原田は永倉をさそって台所へ去る。 
歳    「総司、いいかげんにしろ」
くすくす笑っている総司を、土方はにらみつける。

総司   「ふふふ、でも、どうします。原田さんと永倉さんは腹ごしらえをしたら、また事件解決に出張ってきますよ。土方さんの事件簿はどう決着をつけるつもりですか?」
歳    「この事件は俺がかたをつける」
土方は書き物をふところにねじ込んで立ち上がった。


左之   「おい、沖田君。副長はどこへ行ったんだ!?」
タクワン飯をかっ食らいながら駆けてくる原田。
新八  「左之さん、俺も行くぞ!」
酒どっくりをぶら下げた永倉もやってくる。

総司   「しょうがないな。じゃ、ついていきますか」
三人は連れ立って、土方の後をつけていく。
左之    「あ、土方さん……嶋原へ入っていったぞ。事件は嶋原か?」
新八   「まさか、嶋原の太夫が殺されたとかじゃないだろうな」
総司   「角屋に入っていくようですね」
新八   「佐之さん。どうする?」
左之   「そりゃあ、ここまで来て帰る手はないだろう。俺たちも上がろうぜ」
新八   「しかし、ここは嶋原きっての揚屋角屋だぞ。持ち合わせが……」ふところを探る永倉。
総司   「それなら、少しは持ってます。これで、お二人は待機してください」
総司はふところの財布を二人に手渡す。
左之   「ありがてえっ。しかし、沖田君はどうするんだ?」
総司   「土方さんがどこの座敷にあがるか、こっそり見てきます」と、原田、永倉と分かれて、土方が上がっていく角屋の二階へ向かう。
土方が青貝の間の前を通り過ぎたとき、部屋から、すーっと出てきた武士がいた。
刀の柄に手をかけている。
一瞬、身構える総司。
(土方さんを斬ろうとしているのか……!?)
と、室内から、「おい、いーちゃん。やめとけ」という声。
とっさに、総司は土方を斬ろうとしている侍の肩を、ポンとたたいた。
総司   「岡田さんじゃありませんか。奇遇だなあ」
ぎょっとして振り向いたのは、岡田以蔵であった。

「おお、沖田さんやないかえ」と、室内から声。
見ると、日に焼けた侍が白い歯を見せて笑っていた。
総司   「あ、坂本さん! お久しぶりです。江戸以来ですねえ」
龍馬   「まったく、懐かしいのう。まあ、一杯やっちくれ。ほれ、いーちゃんもこっちきぃや」
以蔵   「けんど、りょうちゃん。確かに、さっき通っていったのは、新選組の土方じゃき……」
龍馬   「じゃから、ここは嶋原じゃ。勤王も佐幕もない。皆、美しいおなごと遊んで飲んで、楽しゅうやるところぜよ。そんな場所で刀を抜くなんぞ、野暮じゃ。やめとけ」
以蔵   「りょうちゃん! そうはいうが、こいつも新選組の沖田じゃろうが!」
総司   「いいじゃありませんか、岡田さん。そうかたいことはいわずに」
以蔵   「な、なんじゃとっ。き、きさまっ……」
龍馬   「いーちゃん。まあ、飲め。殺し合うのはいつでもできる」
そういう龍馬は総司に酒をそそいでいる。
総司   「いやあ、京の酒はまろやかだなあ」
龍馬   「肴もなかなかいけるぜよ」
総司   「ほんとだ、この湯葉巻き、うまいなあ」
龍馬   「これもうまいぜよ。蕪蒸しじゃ」
以蔵そっちのけで飲んだり食ったりする二人。
以蔵   「俺の分を食うな、沖田!」
総司、くすくす笑って、「おかわりを頼んで、岡田さんも一緒にやりましょう」

やがて、遊郭の明かりが灯って、嶋原は夜のしじまに……
すっかり出来上がってしまった龍馬、総司、以蔵は、二軒目に行こうと角屋を出る。
と、こちらも一階で出来上がってしまった永倉と原田が「沖田君!二軒目なら付き合うぜ」と出てくる。
左之   「ところで、こいつらは誰だ?」


総司   「あ、江戸以来の朋友ですよ。りょうちゃんといーちゃん
新八   「しかし、土方さんはどうした?」

総司   「二階の奥へ上がったきりですから、また、モテているんでしょうよ」
左之   「そうか、副長は腹立つほどモテるからなあ」
新八   「殺しの件はどうなったんだ?」
左之   「もういいじゃねえか、俺たちも酔っぱらったことだし」
以蔵   「そうじゃそうじゃ。酔っぱらったら、殺すも殺されるもない!」
龍馬   「おっ、いーちゃん。わかってきたな」
総司   「行こうぜ、二軒目!」
とまあ、酔っぱらい軍団は二軒目へなだれこむ。


それを困ったように見送ったのは、監察部の山崎丞である。
山崎   「はて、どうしたものか。これを副長に報告するかどうか……」
と、そこへ土方が女連れで出てくる。
土方   「どうした、山崎君」



山崎   「あ、いや。それがそのう……」
土方   「空を見ろ」
「は?」と、空を見上げる山崎。空には満月が青く煌々とかがやいていた。
土方   「一句、浮かばんかね?」
山崎   「は、いや……わたしはその方面は……」
土方   「春の月 客を返して 客に行……だ」
山崎   「はあ……?」
土方   「総司ら(やつら)は、かえったようだな」
山崎   「はい。ご存知でしたか。しかし、沖田先生がたは、土佐の坂本、岡田と……」
土方   「しれば迷い しなけれは迷わぬ 恋の道……今夜は迷うのに、いい月だ」
山崎   「は?」
土方   「こういう夜もあっていいだろう。な、山崎君」
そのまま、女の肩を抱いて楼閣へ向かう土方。
それを見送りつつ、山崎……
「なるほど、今夜の月は、女ゴロシが迷う月か……」



(つづく)



恋組ファンの子たちに約束した『恋する新選組』外伝。ようやっと更新しました。お目汚しですが…
ちなみに、本文に出てくる歌「しれば迷い しなけれは迷わぬ 恋の道」「春雨や 客を返して 客に行」は、本物の歳さまが遺した歌です。しかめっ面して、可愛い歌をよむのが得意な歳さま(ラヴ♥)。
※ブログ中の新選組キャラ絵は『恋する新選組』(絵/朝未さん)シリーズのギャグパターンですが、外伝は本編に関係ありません。